世界最先端ー次世代放射線治療「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」

放射線治療は体に優しい究極のがん治療―手術、薬物療法、放射線治療の組み合わせ治療が効果を上げ、存在感を増している!

世界初、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)が本格的に稼働

放射線治療の進歩は目覚ましく、以前はがんの三大治療の一つとして補助的な役割であったものが、最近は手術と同等の治療実績をあげています。すでに欧米ではがん患者の半数以上が放射線治療です。
放射線治療が世界的に増えた理由は単純明快で、身体への負担が圧倒的に少ないためです。放射線治療の副作用も他の治療法同様ありますが、外科手術で全身麻酔をした上、臓器を切ることに比べれば痛みが少なく、身体の早い回復が期待できます。時代がより低侵襲治療を希望する中で、放射線治療がさらに発展していくことは間違いないところです。
日本は、重粒子線治療やホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の開発で世界の先陣を切っています。
ホウ素中性子捕捉療法は、がん細胞をピンポイントで破壊する、身体への負担が少ない最先端の放射線がん治療です。外科手術やX線(エックス線)による放射線治療が難しい、正常組織に湿潤したがんに特に効果的です。
今回、世界最先端の研究施設である京都大学複合原子力科学研究所 粒子線腫瘍学研究センターの鈴木実教授に、ホウ素中性子捕捉療法について、解説をお願いしました。

京都大学複合原子力科学研究所 提供 「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、エネルギーの低い中性子と、がん細胞や組織に集積するホウ素化学物との反応を利用して、がん細胞をピンポイントで破壊する、身体への負担が少ない最先端の放射線がん治療。外科手術やX線などによる治療が難しい、正常組織に湿潤したがんに特に効果的」

世界最先端の京都大学ー鈴木実教授にインタビュー

京都大学複合原子力科学研究所 粒子線腫瘍学研究センター

粒子線腫瘍学 鈴木 実 教授

京都大学 医学部医学科 卒業
所属学会
(国内)
日本医学放射線学会    Japan Radiological Society
日本放射線腫瘍学会    Japanese Society of Therapeutic Radiology and Oncology
日本癌治療学会 Japan Soceiety of Clinical Oncology
日本癌学会    Japanese Cancer Association
日本頭頸部癌学会     Japan Society for Head and Neck Cancer
日本中性子捕捉療法学会 Japanese Society of Neutron Capture Therapy
(海外)International Society for Neutron Capture Therapy

がん細胞のみ狙い撃ちする

【編集部】放射線治療には、X線による治療、陽子線治療、重粒子線治療などがありますが、今、注目を集めているホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、どのような治療法ですか?
【鈴木教授】ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、がん細胞に選択的に取り込まれたホウ素(B:Boron)が中性子(N:Neutron)を捕捉(C:Capture)することにより引き起こされる核分裂反応を利用し、がん細胞を破壊する治療法(T:Therapy)です。
ホウ素がエネルギーの低い中性子である熱中性子と反応すると、アルファ粒子とリチウム粒子の2つの重粒子に分裂します。両方とも効率よく細胞を傷害する放射線で、重粒子線治療の応用形です。
BNCTは、これまでの放射線治療では効果が出にくかったがん細胞にもダメージを与えます。この2つの粒子線は、正反対の方向に進み、進む距離の総和は、約14㎛と、ほぼ細胞1つ分の大きさに相当します。進む距離が短いので、周囲の正常細胞にはほとんどダメージがありません。そのため、ホウ素を取り込んだがん細胞を効果的にかつ選択的に破壊することができます。
【編集部】重粒子線治療の反応を、がん細胞内で起こすのですね。
【鈴木教授】中性子はどの原子にも存在し、エックス線や電子線とともに、物質の構造解析などに使われます。ホウ素(B)は身近では目の洗浄剤などに使われています。治療に使われるのは、安定同位体であるボロン10というホウ素です。
【編集部】BNCTの特徴を教えてください。
【鈴木教授】がんが塊になっていればそれを外科手術で取りきることができますが、BNCTはがん細胞と正常細胞とが、がんの周辺で混在しているような、これまで切除のみで治しにくかったがんに有効です。また放射線治療後に再発したがんは、周囲の正常組織に最初の放射線治療でがんと同じ量の放射線が当たっているため、2度目の放射線治療は難しい場合が多いですが、BNCTは、がん細胞選択的に重粒子を照射できることから、対象にできる場合があります。

京都大学複合原子力科学研究所内にある世界初のBNCT治療(治験)を実施した加速器の前で解説する鈴木実教授。一つの部屋に入るサイズで、今後病院での運用を可能とする画期的な進歩。

どうやって患部がんまで届かせるか

【鈴木教授】ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)が得意な症例は、皮膚から浅い部位にある、手術でがんを取り切ったとしてもがんが周囲の正常組織に浸潤しており、再発を起こしやすい腫瘍です。具体的には悪性脳腫瘍や、周囲に浸潤しやすい種類の頭頸部腫瘍がその代表です。また、通常の放射線治療では治しにくい種類の頭頸部腫瘍には重粒子線治療が適応となる場合があります。しかし、表面の皮膚近くまで浸潤している頭頸部腫瘍の場合は、皮膚にダメージを残さずに治療するのが重粒子線治療では難しいことがあり、BNCTが良い適応になります。

京都大学複合原子力科学研究所 提供

世界初、サイクロトロンで治療実施

【編集部】京大では、世界で初めてBNCT用加速器(サイクロトロン)で治療を行ったのですね。
【鈴木教授】はい。これまで、京都大学複合原子力科学研究所にある研究炉を使用して臨床試験を行い、データを集めてきました。しかし、原子炉を使っての治療では、患者さんに来ていただくのにも限りがあり、病院内に設置できるサイズの装置の開発が待たれていました。そこで、住友重機械と共同開発しました。国立がん研究センター中央病院でも加速器のBNCTの研究をしています。研究用原子炉でのBNCT症例数が世界一多いのは京都大学複合原子力科学研究所で、世界的にはフィンランドにある研究炉での症例数が2番目に多かったですが、現在は実施していません。おもしろいのは中国の北京にある病院で、小型原子炉に病院が併設されています。
【編集部】今後の展開は?
【鈴木教授】まずは頭頸部がんを対象に、既に加速器が入っている2つの医療機関「関西BNCT共同医療センター」と「南東北BNCT研究センター」で、2020年6月から保険診療が開始されました。再発悪性脳腫瘍については、まだ治験段階ですが、近い将来診療可能となると期待しています。手術が可能、または他の治療法が適応できる症例では、これまで有効とされていた治療法が優先されるでしょう。適応かどうかはまず主治医の先生にご相談されることをお勧めします。しかし、病院内で治療可能な小型BNCT用加速器が開発されたことで、さらに他のがんへの適応の研究が進むことが期待されています。

課題はがんにより選択性の高い薬剤の開発

【編集部】今後の課題は?
【鈴木教授】ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)で、治療の際に使われている薬剤は『ボロファラン』です。ステラファーマ社(製薬会社)のHPに書いていますが、世界で3つしかない、ボロン10の濃縮技術を持っている会社です。今後の課題は、長期的には新しいホウ素薬剤の開発です。がんにもっと選択的にホウ素が集まる薬剤が開発されれば、劇的に治療効果が高まると思います。

桜の花出版編集部(編)『国民のための名医ランキング 2021~2023―いざという時の頼れる医師ガイド 全国名医1045人』桜の花出版、2020/8/16、ISBN:978-4434275999 より抜粋

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