名医に聞く 大腸内視鏡の世界的名医 工藤 進英 医師

医師を決めることは、人生を選択すること。各分野の名医に、医師としての使命感や最先端の医療を担う矜持、そして、患者の持つべき覚悟や準備について伺いました。

大腸内視鏡の世界的名医 工藤 進英 医師

<略歴>
 昭和大学横浜市北部病院・消化器センター長 他
 昭和大学医学部教授
 新潟大学医学部卒業 

秋田県赤十字病院勤務時代、「幻の癌」と呼ばれていた陥凹型の早期癌を発見した。大腸癌の内視鏡検査・治療の世界的権威として知られている。
癌の診断に有効な「大腸ピットパターン診断」を提唱し、欧米はじめ各国の教科書にも記載されている。
肛門から小型のカメラを入れ、大腸から小腸、盲腸までカメラの映像を見ながら病変がないかチェックする検査を僅か5分で行なう。この内視鏡検査は痛みが少ないことでも知られている。手がけた検査は過去20万件。秋田県出身。

<工藤進英 医師に聞く>

世界的名医である工藤進英医師に、日本人の間で増えつつある大腸癌や名医の条件などについて聞きました。工藤医師は、出身地であり勤務地であった秋田県の大腸癌の死亡率を劇的に低下させたことでも有名です。自らの治療に確固たる信念を持ち、医学の未知なる部分を冷静に分析する姿勢はいかにも世界的な名医という雰囲気が溢れていました。

急増する大腸癌

大腸癌は50~70歳の男性に多いとされてきましたが、近年は低年齢化しています。近い将来、男女ともに大腸癌が最も多くなると予想されており、もはや国民病と言われています。
原因として、日本人の食生活の変化があります。日本食が世界的に注目されているのとは裏腹に、日本では食事の欧米化が進み、高脂肪と食物繊維不足の弊害が指摘されています。しかし、大腸癌の原因はそれだけでなく、現代人の運動不足とストレスの影響も関係しているとされています。
大腸癌の早期には、自覚症状がほとんどありません。ですから、定期的な検査による大腸癌の早期発見が最大のポイントとなります。早期の場合は100%治るとも言われています。
統計では、自覚症状があってから癌の発見では、その時点で既に約20%が他の臓器に転移しています。
癌の進行に従って血便、便秘、下痢、残便感などの症状が出ます。しかし、出血があっても痔だと思い、検査に行かず発見が遅れるケースも多いのです。
大腸癌の治療方法は、内視鏡による粘膜切除術、開腹による腸管切除、化学療法がありますが、進行度、転移・浸潤(広がり)によって治療法が異なります。
内視鏡による粘膜切除術は、検査で見つけたらその場で切除出来るので、進行による悪化を防ぎ、開腹しないため入院も必要としません。
その為に内視鏡による手術は近年簡単な手術と勘違いされ、医師を選ぶという意識が低下しやすいです。
しかし、医師の力量によって歴然とした差が出やすい治療法です。内視鏡大腸検査は、全長1・5mに及ぶ大腸全域を往復させるのに、慣れている医師でも通常20~30分かかります。
私の場合は、癌のできやすいところを丹念に、そして慎重に診ていき、難しいS状結腸を通り盲腸まで5分で往復します。これを工藤メソッド(軸保持短縮法)と呼び、痛みが少なく患者さんの負担が少ない検査方法です。
この検査の経験が多く、熟練した病変を見逃さない集中力を持つ医師を選ぶことが重要と思います。

約1.5mの大腸は真っ直ぐではなく、大きなカーブが連続している

「幻の癌」を発見

秋田県赤十字病院勤務時代、世界中で「幻の癌」と呼ばれていた陥凹型早期大腸癌を発見しました。私が見つけたこの陥凹型は、今でも世界中で見逃されています。それがあまりに酷いから、世界中に行って教えています。この分野では日本が世界をリードしています。
陥凹型癌を見つけたのは、ある意味で偶然でした。食道癌、胃癌など大腸以外の消化管では陥凹型癌が一般的です。しかし、大腸だけは、それまでポリープしか見つかっていませんでした。
しかし、もし神様がいるとしたら、同じつながっている臓器だから、大腸だけにポリープが出来るのは何か変だと思っていました。共通性のものがあるのではないか。大体、物事には共通性があるものでしょう。

新潟大学時代に、弟子達に陥凹型早期癌を見つけたらお祝いするという懸賞金をつけました。けれど誰も見つけられませんでした。私は、そのうち新潟を去って、秋田にいる時に発見しました。大腸のポリープに色素をまいた時に、近くにあった陥凹型癌が偶然見つかったのです。
この発見した「陥凹型の粘膜下層癌」が大腸癌の主流だと確信しました。私はこの後、秋田でたくさんの陥凹型の癌を見つけました。
しかし、欧米の研究者たちからは、自分たちが発見できないので当初は「秋田の風土病」「工藤病」と言われ、当時はなかなか誰からも信じてもらえませんでした。
「視れども見えず」ではありませんが、私にはビュー・ポイント(視点)が分かったということです。
この早期の大腸癌が国際的認知を得られるまで、10年の歳月を要しました。
通算20万例以上の検査実績があります。大腸の内視鏡検査というと、はずかしいという気持ちがあるせいか、敬遠される患者さんもいらっしゃいます。しかし、私は癌のできやすい部位をより丹念に、S字結腸のような挿入の難しいところもスムーズに進み、肛門からゴールの盲腸まで5分で行って帰ってきます。早く出来るので、患者さんの負担も少なくてすみます。私は、雪国育ちのため、スキーのように曲がりくねったところを緩急つけて走行する感覚が身についているのかもしれません。

手術器具も、いろいろ開発しています。秋田赤十字病院在任中にオリンパス社と共同で倍率100倍の拡大内視鏡を開発しました。また、「大腸ピットパターン診断」を提唱しました。

これは、大腸粘膜の表面に見えるくぼみの違いから、正常な粘膜か、あるいは今後癌になるような異常な粘膜かを観察し、診断に応用する診断法です。これにより癌の鑑別や進行度の診断を正確に行なうことができるようになりました。
この分類は欧米各国の教科書にも記載されています。

さらに近年、超拡大内視鏡(Endocytoscopy)を開発し、450倍まで(2013年)拡大可能になりました。Endoscopy誌、GIE誌などに掲載されました。
現在、センター長を務める昭和大学横浜市北部病院消化器センターでは、毎年50~60名の海外留学生・研修生を受け入れています。海外講演・実技指導は60カ国250回以上です。

大腸癌の死亡率を下げたと世界から評価

癌は部位別に、「五大癌」というのがあって肺、前立腺、大腸、胃、肝臓のうち、3つが消化器です。大腸癌は、日本の癌死亡率において女性で1位、男性で3位です。私が年間5~6回行っているUAEのアブダビでも、大腸癌の死亡率は2位、アメリカも2位です。イギリス、フランス、ドイツも大体同じです。大腸癌の死亡率は世界中で、ものすごく高いのです。
胃癌の死亡率は日本では高いのですが、欧米では死ぬ人はほとんどいません。だから胃癌の話をしても、「その話は日本でやってください」と言われます。国によって、死亡率の高い病気が違います。それは当然です、生活習慣が違いますから。しかし、大腸癌の原因は本当のところは分かっていません。よく言われるのは高脂肪・高カロリー・低繊維の食事、運動不足、ストレス、喫煙、飲酒などです。
しかし、これらを全部やっても、大腸癌にならない人は山のようにいます。逆に何にもやらないのに大腸癌で死ぬ人もいます。医学で大切なのは分かっていること、分からないことをしっかり把握し認めることです。
私が勤務していた秋田県では20年間、大腸癌の死亡率が全国2位でした。内視鏡検査の普及に力を入れ、検査を受ける人が増えるに従って死亡率が、2012年に5位、2013年には9位まで下がってきました。これは、「工藤チームの早期発見と治療が県民の死亡率を下げた」と世界中で有名になっています。

我々人類が知っていることはまだ限られ、全体の5%くらいではないかと思います。医学で判明していることも限られていますが、私はその中でなんとか良い方法(治療)をやろうと努力しています。
だから、ほとんどバカなのですよ、医者は(笑)。神様からすればね。何であんなバカなことをやっているのかと。天国に行ったら、神様にそう言われると思います。
それでも私は、現在の、今できる限りのことを一生懸命やろうと努めているのです。

名医の条件と医療体制

東日本大震災の時に、日本人の気質が分かったと思うのですが、日本人は非常に真面目で律義で、医者も医師の使命を全うして、ボランティア的な精神に溢れていました。医療従事者の使命感や奉仕精神に支えられて、日本の医療が成り立っているようなところがあります。しかし、成果、評価を見直す機構が機能してない、ほとんどなされていないのです。もう医療現場は限界に来ていると思います。
今の日本の医療は、一見、保険医療体制で平等のようですが、決して平等ではなくて、不平等な医療をやっていると思います。極端な言い方をすると、変な平等主義で、いわゆる共産主義の医療とでもいいますか、安かろう悪かろうです。
医師会は、仕事をしないあまり努力しない人達が、きちんとやっていけるようなそういう変な医療体制を構築してしまっているのです。それは、非常に良くないと思います。

そうした体制の中で患者さんが名医を選ぶのは、とても難しいことです。それぞれの立場によって、言うことが皆違うからです。
厚生労働省、経済産業省、政府、医師会、皆違う意見があります。

一つの判断基準として手術成功率がありますが、難しい手術を受けない医者がいるし、反対に難しいことにチャレンジしている医者もいます。これは、データには反映されにくいのです。また、何でもかんでも手術をする人がいます。そういう人はかえって死に近づけることになります。また、手術をしないという正しい判断は成功率に入りません。公表データだけで判断することは難しいのです。

通常は、医者がカンファレンス(検討会議)で手術をやるか、やらないかを話し合います。しかし、最終的には一番のトップが決めなければいけません。皆がこれはリスクの高い危険な手術だから、手術ではなく化学療法にしましょう、放射線にしましょう、と討議している時に、「いや、手術でやる」という決断を下せるかどうか。皆が反対した時に、一人でも、トップリーダーがやると言えば、その人が一番知識のある人なら皆が従います。そのトップがしっかりとした知識と経験を持っていることが大切です。
そして、いつも改善していくことが大切です。病院の経費、お金の問題、スペースの問題、人材の問題。私は、それぞれ気が付いたらやれることを常に改善しています。

例えば、天皇陛下の手術をした天野医師は、以前、昭和大学医学部病院で私の隣の教室にいました。私と彼が、15年前に二人で同病院のセンターを立ち上げたのです。彼が循環器センター長、僕が消化器センター長となりました。
天野医師はその後、順天堂大学病院に移って、天皇陛下の手術を担当することになるわけですが、ご高齢である天皇陛下が海外に行って手術をするわけにいかないでしょう。
それで、日本でということになります。そういう意味で、国内とかいう環境的な因子も名医という要素になるかもしれません。
天野医師は、ドクターになった経緯が強いですね。お父様を病気で亡くされていて、自分が病気を治す医者になると決意して努力したわけで、情熱があると言えるでしょう。そうしたモチベーションも名医を作る大切な条件です。

工藤医師の内視鏡検査は驚異的に早いことで有名

最新の医療機器が使えない矛盾

その他、医者選びに参考になるのは、最新医療の提供です。
日本が世界と比較してトップであるところは、内視鏡です。そして、癌の診断と治療です。特に内視鏡の機械は日本製が100%を占めています。オリンパスが7割で、富士フイルムとペンタックス15%、ホヤが15%です。
他の医療器具も日本は良い物を作る技術はあるのですが、日本では海外と違い、保険の医療費が全て一つに統合されてしまうので、発展を難しくしています。
どういうことかというと、私が開発して私の名前のついた手術器具があります。スネアーといって、ポリープ切除の時使用する輪投げ状の針金のようなものです。内視鏡を使った治療で使うものでドイツの会社から発売されています。
例えば、ドイツでは、内視鏡でポリープを切除する費用、この最新のスネアーを使う費用、麻酔の費用とか、色々な経費が加算されていきます。

日本は、「まるめ」というか、「どんなに良い器具があっても、この料金内で全てやりなさい」という方針です。例えば、5万円でやりなさいと。5万円以上かかると病院側が赤字になってしまうわけです。こういう制度ですと、私が開発した世界一の器具を私自身も使えないのです。

それがドイツではものすごく売れていますが、日本では全く売れません。なぜならば、保険制度でしばりがあるからです。
では、「私はその分お金を払うから、それを使ってほしい」という人がいるとしましょう。
使うことは出来ます。ただし、保険で認められた金額を超えた分だけ、個人で負担するということは出来ません。混合診療と言われて、違法なのです。
この場合、自由診療として、内視鏡検査代も全て自由診療になり、保険は一銭も使えないのです。全部自由診療でないと、そういう勝手なことは許さないということです。
全部自費にするか、最新の器具を使うのを止めるか、そんな二者選択は馬鹿げています。

このような保険制度の問題もありますが、最新医療機器に話を戻しますと、例えば、内視鏡の拡大倍率が以前は100倍でしたが、それが450倍になりました。顕微鏡と同じように細胞や赤血球の流れが分かります。医療機器の進歩は目覚ましいのです。
今まで生きている癌細胞をほとんど臨床の場では見ることが出来なかったのですが、これにより見られるようにしました。
そうなると、生体組織診断(病変部位の組織を採取し顕微鏡で見る診断法)のため組織を取る必要はなく、その場で癌かどうかを見極めてバッと治療に入っていけます。そういう器具を今、開発しています。
しかも、それを人の眼でやるのではなく、コンピューターで記憶してコンピューターが診断する、そういうものも作っています。だから一気に半分くらいの病理検査が不要になる可能性があります。

私が常に心がけているのは、患者さんが困っているところをいかに良くしていくかということです。基本的に患者さんのためにやっていることですから。そして、それをやったことによって皆が喜ぶようにというのが私の基本的な考えです。
「大腸癌検査」は決して怖いものではありません。
40歳になったら、大腸癌年齢ですから、検査をして下さい。大腸癌は進行が遅いですから、早期発見出来れば、ほぼ100%助かります。
検査で癌が見つかれば、「命拾い」です。

桜の花出版編集部(編)『2016年版 国民のための名医ランキング―いざという時の頼れる医師ガイド 全国名医276人厳選』桜の花出版、2016年、218~229頁、ISBN:978-4434206887

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